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お称えの相続

 人それぞれ思い思いにウォーキングをする姿は、最近では日常的な風景です。スポーツウェアに身を包んで一生懸命な人、ヘッドホンを耳に当て音楽を聞きながらの人、または季節の移ろいを感じ、そこここに咲く花を愛でながら歩いている人など、思い思いに楽しんでいるように見受けられます。ウォーキングを始めた理由も健康増進・美容減量のため、またはストレスの解消のため、さらには歩くことが好きだから等々様々だと思います。

ところが良いとわかっていても、いざ続けるとなるとなかなかむずかしいですね。当の私も週に最低でも1回から2回はと思っていても、思い通りにいきません。何週間か続いたかと思うと、また何週間か空いてしまうということの繰り返しです。

目的は人それぞれでしょうが、続けられるか否かは、その人の意思の強弱にもよりますが、その目的がいかにしっかり定まっているかによるのではないでしょうか。 

折角スポーツウェアやシューズを揃えて、いざ始めてみたものの3日間しか続かず、買い求めた道具もお蔵入りなんていうこともありますね。しっかりと目的を定めて励むことが大切であり、そうでないと怠ける原因にもなります。時にはやむを得ず出来ないときもあるでしょうが、続ける力にはなる筈です。

日常生活の中で、何かを目的を持って続けるということは大切なことです。さて、それでは私達にとり継続すべき一番大切なこととはなんでしょうか。そう、それはお念仏の相続ですね。

お弟子の禅勝房という方が法然上人にこう尋ねられました。「毎日称えるお念仏の数が、『お念仏を相続している』と言える程度とは、どの位を見当とするべきでしょうか。」

それに対し法然上人は、「善導大師の解釈によれば、毎日1万遍以上を称えれば相続といえる。このことは『観念法門』というお書物に示されている。また、1回の食事をとる間に、3度ほど思い出して称えるならば、お念仏を相続していることになる。しかしながら人々の能力は一様ではないので、相続といえる程の回数に一定の基準を設けるわけにはいきません。往生を願う志さえ深ければ、お念仏は自然と相続できるようになるのです。」 

このようにお示し下さり、本来は毎日1万遍お称えすることが相続ではあるけれども、肝心なことは「お浄土に往生させて頂く」という念仏者としての大目的を心に深く持っていたならば、自然とお念仏は相続できるのですよ、と心の置き方の大切さをお示しです。

さらには「何かの支障があって日課念仏を欠かすことがあり、その時「あさましいことだ。お念仏を称えなかった」と思うようであれば、それは既にお念仏を心がけていることになる。とにもかくにもお念仏を忘れることがなければ、それで相続していることになる。」と有り難くもお示しであります。

大切なことは、「どうぞお浄土へお迎えください、助け給え」と往生を願う気持をしっかり持ち続けることです。そうしたならば「称えずにはおれない」そんな気持が湧き上がり、命終の時迄お念仏を自然と相続できるのです。

ウォーキングを無理なく続けたならば、健康という大切なものが得られます。南無阿弥陀仏・南無阿弥陀仏とお念仏のお称えを相続したならば、心身の安穏が自づから得られ大目的の往生が約束されるのです。                    合掌十念

平成30年度 十夜法要 厳修のご案内

11月23日(金)勤労感謝の日、圓福寺恒例の十夜法要をお勤めいたします。13時から講演、講師は『このまま死んでる場合じゃない』講談社刊の著者であり、放射線医学総合研究所病院医長の岡田直美先生より、お話しいただきます。14時からは「十夜法要」で圓福寺詠唱会から十夜和讃等の奉詠や先祖代々の回向そして、百万遍数珠繰りも行われます。檀信徒の皆様におかれましては、どうぞご参詣され共々にお念仏をお称えしたく存じます。合掌十念