日別アーカイブ: 2012年10月16日

本願をどのようにいただき、お念仏を称えるか

南 無 阿 弥 陀 仏       圓福寺住職  池 田 常 臣

 

「夢買った その時だけ 信心深くなる」今までに、宝くじ買われた方も、結構いらっしゃるかと思います。何とか当たってほしいと、この時とばかり 普段信心がそうないのに、お仏壇に向かい、仏様を頼み、ご先祖様にお願いしたりする。何とか、宝くじが当たりますように、願いが実現しますようにと、しっかり手を合わせてお願いしたりする。それでもまあ、滅多に当たるものではないですね・・・・当たらなければ、「あーやっぱりダメか」と、もう手を合わせることもそれっきり。こういうお願いの仕方は、本当の信仰の姿ではないです。

まず、動機が不純 一時の信じた振り、そして目的も自分の利益の為だけであって、継続性も無いですね。私たちが頼りとする阿弥陀様は、こういうかたちで、お願いする仏様ではないのであります。私たちが阿弥陀様に対して、持つべき信仰とは、これとはまったく逆でありますね・・・心からお願いします、という気持ちをしっかり持って、南無阿弥陀仏と信じ称え続けなければならないのです。

阿弥陀様の本願を信じて、南無阿弥陀仏と称え始めたその時から、命尽きる時まで、阿弥陀様は私たちに大いなるお慈悲を注ぎお見守り下さり、最後臨終の夕べには、お迎え下さり西方極楽浄土へ往き生まれさせて頂ける・・・往生させて頂けるのです。お念仏者の大目的であるところの往生、そのことが間違いなく約束されるのであります。

宝くじが当たりますようにとか、身近な自分の利益になることだけを、思いつきで、お願いすることではないのですね。あれもこれもと、行き当たりばったり、何でもかんでも、お願いすればいいのではないのであります。

浄土宗の信仰は、阿弥陀様の本願に只只、信じ任せ、お願いすることであります。我が名を称えるものは、必ず我が西方極楽浄土へ救い取るぞ・・・そのようにお誓いなされているのです。ですから、阿弥陀様どうぞ宜しくお願いします。お助け下さい、その心持ち一方向で、南無阿弥陀仏とお称えさせて頂ければよいのであります。

法然上人は「念仏の声するところ我が遺跡なり」とお示しでございます。「南無阿弥陀仏とお称えするところは、すべて私に縁のある場所ですぞ」と仰せであります。それでは、私たちの生活の中で「念仏の声するところ」にあたる、一番身近な場所とはどこでしょうか。

それぞれの家の中に、大切な場所がありますね・・・・そう、それはお仏壇ですね。阿弥陀様が真ん中においでになり、御先祖様のご分身であるお位牌を、お守り頂いていますね。そのお仏壇に向かい、毎日の生活の中で、阿弥陀様にお願いさせて頂くのであります。家庭の中心であるお仏壇の前に、毎日座り、灯明とお線香を手向け、お給仕をさせて頂き、そうして南無阿弥陀仏とお念仏をお称えするのであります。そのお仏壇こそ、法然上人が「念仏の声するところ我が遺跡なり」といわれた、家の中での場所なのです。そこでしっかりと、阿弥陀様の本願を信じて、南無阿弥陀仏とお称え頂くことが大切であります。

お仏壇は家の中、家庭の中心にあって、家族の集う場所でなければなりません。おばあちゃんだけ、おじちゃんだけが、決まった人だけが、お参りするのではなく、家族共々親しみ、共に手を合わせるところなのです。そして、いつでも南無阿弥陀仏と、お念仏をお称えするところなのです。毎日の生活の中で、お仏壇に向かい南無阿弥陀仏とお称えすること、そのことが法然上人の御心「念仏の声するところ我が遺跡なり」にかなうことなのであります。

それぞれの家庭の中に、法然上人が「我が遺跡なり」といわれた、ご縁のある場所を持たして頂いていることは、何と有り難いことでありましょうか。「どうか宝くじが当たりますように」と、その場限りにお願いするところではないのであります。南無阿弥陀仏と本願を信じて、お称えすることにより、往生という大目的が約束されるのであります。

合 掌 十 念

平成24年度 「十夜法要」お勤めします。

平成24年度 圓福寺「十夜法要」を、11月23日(金曜日)勤労感謝の日にお勤めします。当日は、法要と恒例の百万遍数珠繰りを行います。法話は、小笠原父島 行行寺御住職 吉田一心上人よりいただきます。

 

第4回 五重相伝会「おさらい会」をお勤めしました。

第4回 圓福寺五重相伝会の「おさらい会」を、10月13日(土)に、33名の参加者で厳粛にお勤めいたしました。内容は、午後、法要と住職の2席の勧誡(法話)です。この五重相伝会「おさらい会」は、平成20年11月4日から8日まで開催した五重相伝会の入行受者が、毎年「おさらい会」として、お勤めをし、自信の念仏信仰を策励していくための会です。